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三重県伊賀市 本尊五大明王の祈願寺 
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謹賀新年。皆さま、本年も宜しくお願い申し上げます。

今年の干支は、戊戌(つちのえいぬ)
戌とは、皆さまよくご存じ犬のことです。


( #PUPPY NEW YEAR )

我が国では誰もが知る四足歩行の哺乳動物。
かつては番犬、今日では心癒されるペットとして多くの家庭で飼育されてきました。皆さんのお宅にも、家族の一員として親しまれている犬の姿はありませんか?

犬は本来群れで生きる獣です。
仲間同士で意思疎通をはかり命令系統もしっかりしている。その高い知性、優れた記憶力、そして人と同じように豊かな感情、社会性を持つことから訓練が容易で、最も古い家畜として人の歴史の傍らにありました。

私が知る限りでも『名犬ラッシー』『忠犬ハチ公』『南極物語』など、犬が持つ主人への忠節、高い知性や行動力、豊かな感情から生まれた名作は枚挙にいとまがありません。

しかし意外なことに、一部のイスラム圏の国々では、犬は御法度。豚と並ぶ「不浄」の生き物として忌み嫌われているそうです。
犬を飼ったら警察に没収され処罰を受ける。果ては食べ物のホットドッグという言葉さえ使用を禁じた国があるとか…。いやぁ、世界は広いですね。



真言の僧侶である私には、犬と聞くとこんな逸話が頭に浮かびます。

時は平安大同元年(806)唐の都長安で恵果(けいか)阿闍梨から真言密教の全てを継承した空海(のちの弘法大師)は、帰国の際「密教を広める最適の地に落ちよ」として明州(現在の寧波)の港から密教の法具である三鈷杵を東の空に向かって投じました。

帰国後、大和国で修行に適した土地を求めてひたすら歩む空海の前に現れたのは白黒二匹の和犬を連れた狩人の姿。
空海は、その犬たちの先導によって紀州の深山幽谷に誘われ、ついに松の木に刺さった飛行三鈷杵を発見。この三鈷の松の故事が、高野山を嵯峨天皇より真言密教の道場として下賜される決め手になったそうです。

白黒二匹の犬を連れた狩人の正体は丹羽都比売大神(にうつひめのおおかみ)の子である狩場明神(かりばみょうじん)。空海は金剛峯寺開創に当たって丹生都比売大神より神領を借り受け、狩場明神と共に御社を建てて密教の守護神として祀りました。
現在でも山上大伽藍には、御社の前に神の遣いとして狛犬ならぬ対になった和犬の像があります。


(12月に高野山麓の丹生都比売神社を参拝)


(可愛らしい白黒和犬のおみくじがありました)

また犬は一般的にお産が軽く多産であることから安産・子授けの象徴として信仰されてきました。
妊娠5カ月を迎えた妊婦が最初の戌の日に安産祈願をする風習は今なお残り、東京水天宮や兵庫中山寺、奈良帯解寺などは安産祈願の社寺として多くの参詣者で賑わい、犬の姿をあしらった可愛らしい腹帯やお守りが人気です。

結びに、人間の素晴らしいパートナーである犬たちも、人と同じように笑うことをご存じでしょうか?

ただ彼らは表情ではなく尻尾で笑います。
我が家にも飼犬がいますが、こちらを見つめてしっぽを強く振るその姿は手放しでかわいい。純粋な眼差しには心が癒されます。

「尾を振る犬は叩かれず」のことわざは正に、仏教で説く和顔愛語の精神を体現しているかのよう。私たちは犬の姿から、まだまだ学ぶべきことがありそうです。

幸せとは、あたたかい子犬のことである
(チャールズ・M・シュルツ)

※ 常福寺 正月寺報より転載

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禿(かぶろ)なる樹 定んで禿なるにあらず     
 春に遭う時は すなわち栄え華さく  (秘蔵宝鑰)

新年 明けましてお目出とうございます。
      
去る3月、宗務所にて住職在任50年の顕彰式に妻と共に参列し、田代管長猊下より御染筆を賜り、ねぎらいの言葉をかけていただきました。走馬燈の如く諸事思い出され感無量の一時でした。


(住職在任50年を祝して。家族祝いの席にて)

思えば昭和41年11月、25才にして東西も分からない当常福寺に入山着任して以来50年。振り返ってみると全く夢の如く、自然の恵みと、ご本尊さまのご加護を戴き、檀信徒の皆さんのご理解とご協力に支えられて、今日を迎えることが出来ました。

住職就任以来、先ず「日に新たに」精進し、「ほとけの心」を感得し、「如実知自心」己の行為を見定め、「朝に礼拝夕べに感謝」と勤めて住職一筋50年、健康に恵まれ、大病することなく檀務を勤め、境内建造物の整備、山林管理・境内美化に活動する事が出来ました。

事業をする為には資金が伴います。その資金は檀信徒の皆さんに依る「財施」に懇願し達成されました。住職は財もなく、ただただ『法施(無財の七施)』の精神を以て諸事に当たり、達成出来たものと確信しております。



人は心の中で「施す」ことの大切さを知っていても、何も持ち合わせが無いからと施さないのは、施すことが出来ないのでは無く、施すことを知らないのです。仏道では誰もが出来る『法施(無財の七施)』を説いています。

 一、眼施(げんせ)    優しいまなざしで見る施し
 二、和顔施(わげんせ)  笑顔をたやさない施し
 三、言辞施(ごんじせ)  やさしい言葉をかける施し
 四、身施(しんせ)    世話をよくする施し
 五、心施(しんせ)    思いやりの心をもつ施し
 六、牀座施(しようざせ) 席をゆずってあげる施し
 七、房舎施(ぼうしゃせ) 気持ちよく招き入れる施し

以上七つの施しは、喩(たと)え自分に財力や労力・能力が無くても、何時でもどこでも誰にでも出来ることであり、核家族・高齢化が進む昨今、心豊かに、明るい社会を築く基となる行為といえましょう。

この教訓をもって、本年も新年初護摩祈祷会を厳修し、天地自然が穏やかであり、五穀豊穣・寺門隆昌・息災延命・目的達成諸願成就を祈念致したいと思います。

佛の慈悲は天の如く遍く覆い、地の如く万物を載す
大慈は楽を与え、大悲は苦を抜く。抜苦与楽の本は源を防がんには如かず、源を防ぐの基は教にあらずんば得ず   (秘蔵宝鑰)



             常福寺住職 織田杲深 執筆

※ 常福寺 正月寺報より転載

今年の干支は、丁酉(ひのととり)
酉とは、皆さまご存じ鳥のことです。

鳥はくちばしを持つ卵生の脊椎動物。体表が羽毛で覆われ、前足を飛翔するため翼へと進化させました。
大きな翼で風を切り、軽やかに空を舞うその姿は、古来より人類の希望であり憧れでありました。



酉といっても、一般的には鶏のことを指します。
十二支の動物は人の暮らしに関りの深いものが多く、鶏も類にもれず代表的な家禽として世界中で飼育されています。
安価で安心な栄養源として、玉子・鶏肉は私たちの食卓に欠かせないものになっています。

飛べなくなった鶏は、養鶏されて人々の暮らしの一部になりました。
朝一番に大声で鳴いては夜明けを告げる、そのユニークな生態は古くより人々に重宝され、愛され、多くの神話や物語に登場しました。

私たちに聞こえる「コケコッコー」も、世界中ではさまざまに聞こえることが不思議です。英語の「クックドゥードゥルドゥー」は有名ですが「東天紅」や「ココリコ」などが同義なのは知りませんでした。



さて、仏教の世界にも鳥は多数登場します。
有名なのは、孔雀明王でしょうか。その名の通り翅(はね)を広げた孔雀に座すその優美な姿は、忿怒相(ふんぬそう)が特徴である明王の中で唯一、慈悲を表した菩薩の姿で表現されます。

孔雀は、毒虫やコブラなどの毒蛇を食べても平気なことから「人々の災厄や苦難を取り除く功徳を持つ」と信仰の対象となりました。仏教では、煩悩の根源である三毒(貪り・瞋り・痴行)を慎み、それから離れ滅することの大切さを説きます。

優雅に翅を広げる孔雀同様、金色に輝く孔雀明王の麗しい姿も古来より多くの信仰を集めて参りました。


(常福寺 本尊五大明王の中央 不動明王)

酉年の守り本尊である不動明王も紹介させてください。
人々の暮らしを守り、憤怒の姿で正道に導く不動明王は、やはり多くの信仰を集める仏さまです。右手に剣を左手に索を持つ姿は、あまりにも有名。

では、その身に纏う火炎の中に鳥がいることはご存じでしょうか?

不動明王の火炎は迦楼羅焔(かるらえん)と呼ばれ、その炎には迦楼羅(かるら)という火の鳥が含まれています。

口から金の炎を吐き、龍を常食する。炎の翼を広げると336万里に達するという巨鳥、インド神話に登場するガルーダが仏教に取り入れられたもので、仏法の守護神として天龍八部衆にも数えられています。

意外かもしれませんが、お不動さまにもその炎は熱いのです。
火生三昧(かしょうざんまい)といって我が身を焼き焦がしながら、あえて炎の中に座しておられる。何故なら、その炎が人々にとって有益だから。煩悩を焼き盡し、人々の暮らしを守ることに役立つから。

危険な火災現場で働く消防士、福島第一原発で収束作業に励む作業員の姿は、まさに現世の不動明王。人々の暮らしを守る献身的な働きに、心から敬意を表します。


(極楽を舞うという共命鳥。浄土系の寺院にその姿をよく見ます)

他にも極楽に住まう大層美しい声で鳴く半人半鳥の迦陵頻伽(かりょうびんが)や、体が一つで頭が二つある共命鳥(ぐみちょう)など仏教には鳥が沢山登場します。探してみるのも楽しそうですね。

酉年に当り、鶏のように一年の計を大声で宣言してみませんか。目的を忘れず精進すれば、きっと輝かく朝日のような結果を得ることでしょう。

※ 常福寺 正月寺報より転載

日々ご健勝の中に新しい年を迎えられましたこと、心よりお喜び申し上げます。

一年の計は元旦にあり。
一日の計は目覚めにありと申し、一日の活動の心構えを、

佛は忍辱の鎧、精進の甲をもって、持戒の馬に乗り、定の弓、恵の箭をもって、外には魔王の軍を摧き、内には煩悩の賊を滅す。故に佛と称するなり(大日経開題)
と説かれています。


(京都 東寺の胎蔵界曼荼羅。大日経の教えを図像化したものです)

「朝に礼拝 夕べに感謝」のスローガンこそ家庭を明るくする第一歩だと思います。
六度とは六波羅密をいい、六つのよい行いをすることによって圓満な人格をつくり明るい家庭を建設するということであります。

毎日お仏壇にお供えする六種の供具が、実はこの六度の教えを表わしています。六波羅密とは、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智恵の六つのことで、この六つを修めると、迷いの此の岸から、悟りの彼の岸と渡ることができるので六度ともいいます。



①お水をお供えすることが第一の「布施」を意味しております。水は方円の器に随い、丸い容器でも、四角い入れ物でも、そのまま入ります。これは平等の意味をもっており、仏教でいう慈悲心。即ち、親切心奉仕の精神は、なんらの報いを求めない真実至誠の発露から生ずる佛の心であり、奉仕させて頂く、この清らかなる心を意味しております。
お水をお供える度に、この精神を養ってほしいものです。

②仏様に参拝する前に口をすすぎ、手を洗い、香を手に塗ったりして参拝します。心身を浄めることは戒をまもる意味で、これは「持戒」を表わしています。
仏様に身心共に浄めて参拝する気持ちで、世に処して行くことが大切であり、法律を守り規則に従うことがこの意味であります。

③お花を捧げることは「忍辱」を意味しています。綺麗なお花を見て怒る人はありません。花を見れば荒んだ心も和らぐでしょう。花が人に微笑みを投げかけているように忍耐の徳を積みたいものであります。

④お線香を捧げます。お線香は休むことなく最後まで燃え続けるので「精進」を表わしています。途中でへこたれることなく弛みない努力心を、このお線香の煙を眺めながら養って頂くことを教えています。

⑤ご飯をお供えすることは「禅定」を意味しています。衣食足って礼節を知ると申し、お腹がすいていては心の落ち着きがありません。満腹の時は心も落ち着きます。心の落ち着きがないと諸事不安定となります。
仏様にご飯を捧げる時にはこの意味を噛みしめて、心の落ち着きが大切と、自分の心に言い聞かせて頂きたいと思います。

⑥お灯明を捧げることは「智恵」を意味しています。
お灯明をあげると、この光に照らされて明るくなります。光が万辺なく行き渡るように明るい心で暮らしたいものです。お灯明を捧げる度に、この明るい気持ちで今日も暮らしましょうと、ご先祖様にお誓いし、この気持ちが家庭を明るくすることと思われます。



六度の行の中で、布施と持戒は修行の根本であり、忍辱と精進は外部から加えられるいろいろの災難を防ぐ。禅定と智恵は恐怖から逃れる武器となります。

お仏壇のご先祖の前に座るときには、この六度の行をしているのだ、という気持ちで六種のお供えをし、明るい家庭を、よりよい人格形成に努めたいものです。

新年を迎え、平穏なひときわいい年でありますよう精進致しましょう。

             常福寺住職 織田杲深 執筆

※ 常福寺 正月寺報より転載

正月法話のこぼれ話を少々。

今年は申歳とあって、当初は日光東照宮の三猿について書こうとしました。



しかし、三猿はあまりに有名でひねりが無い。上手く話を広げる自信もないなぁ~ と他の対象を探したのが 前回更新したプチ法話


改めて思ったのですが、個人的には「見ざる 聞かざる 言わざる」って発想が、なんだかネガティヴで好ましくないのです。

社会で生きていく処世術として、余計なことを 見ない 聞かない 言わないことが時に賢明で、それによって自身を守る。厳しい世間を上手に生きていく知恵であることは、理解しています。(実践できている自信はないけど…汗)

でも、なんだか前向きじゃないんだよな~。
もんもんとしたものを抱えて日々を送っていたら出会ってしまいました。こんなお猿さん達に!!



ズバリ、「見ちゃう 聞いちゃう しゃべっちゃう」(笑)
見た瞬間に「これだ!!」と思いました。我が意を得たり!

せっかくこんな素晴らしい世界に生れてきたんですもの。可能であるなら、美しいもの好ましいものに、たくさん目を向けましょうよ。嬉しい言葉を素晴らしい音楽を、たくさん耳にしてみましょう。大切な人や気心のしれた友人とのおしゃべり、家族の団らん。これら全てが人生の醍醐味、こころの栄養。

「見ざる 聞かざる 言わざる」なんて勿体無いですよ。

好ましくないもの負の感情だって、そうです。直視して問題を聴いてどう解決すればいいかを話しあってみる。大切なことは何を学ぶか、どう行動するか。

かわいいお猿さん達が教えてくれました。
これも三猿。

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プロフィール
HN:
和光さん
性別:
男性
職業:
副住職
趣味:
読書、息子と遊ぶこと
自己紹介:

真言宗豊山派のお坊さん

大和国は豊山長谷寺の門前町に生を受け、仏縁あって僧侶に。
伊賀国は江寄山常福寺の副住職になりました。

現在檀務と共に、ご詠歌、声明ライブ、豊山仏青、歩き遍路など、色々活動しております。
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