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三重県伊賀市 本尊五大明王の祈願寺 
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4月末、永代供養墓見学ツアー@東京が実現しました。
(注 勝手に命名しています)

こちらは、久遠宝塔を設計してくださった川本商店(みんてら)さまのご案内で、都心で永代供養墓を運営して、広く一般にも成功されている寺例を幾つか見学しようというもの。
供養塔を建立して「はいおしまい」ではなく、私どもに実際に供養塔を運営するノウハウを勉強して貰う為の、素晴らしいアフターケア企画です。

1cd092a6.jpgご厚意に甘えて、地元から元請けの石の中原さんと上京して、一泊二日でたくさんのお寺を見学。さらには、幾人かのご住職さまのご厚意で、直接お話を伺わせていただく大変ありがたい機会も得ました。



都心と田舎では、もちろん人口や価値観、永代供養墓を求める意義やそのあり方が大きく変わってきますが、その運営の仕方、注意点、納骨に留まらない生前からのコミュニティ作りなど、学ぶべきところが多く、とても濃密な時間を過ごせました。

5f5ba579.jpg思うに、人が多く集まるところは、外観やシステムだけでなく、ご住職やスタッフの皆さんの人柄、丁寧な対応によるところも大きいように感じました。
供養=おもてなし・ご接待ですからね。これも、しっかり学ぶべきところです。


得がたい機会を頂けて、頭の中で今後の展開がさまざまに膨らんできました。

今回お伺いした全てのお寺さま、またお世話になった川本商店(みんてら)さま、石の中原さまに、心から感謝申し上げる次第です。


写真1:町田 いずみ浄苑さま
 この緑の芝生もお墓です。樹木葬といって、桜がシンボルになるそうです。

写真2:巣鴨 功徳院さま
 写真は、月1回の説明会の様子。皆さん、とても熱心に質問されていました。


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3日、常福寺の会式(本尊御開帳日)に、境内に建てた永代供養塔「久遠宝塔」の竣工式を執り行いました。

常福寺 久遠宝塔例年ですと百花繚乱のよい時節ですが、今年は寒が強く、桜の蕾もまだふくらみ始め…。さらには当日、爆弾低気圧なるものが発達して、午後から台風のような強い風が吹き荒れると予報がありました。


ありがたいことに、毎回、常福寺の寺行事は天候に恵まれるのですけどね。今回は「私が何かよくないことでもしてしまったか!?」と日頃の行いを反省しましたが、後悔先に立たず。総代さん方と一緒に、テントや土嚢、雨傘を用意。外で拝む庭儀法要を先行して、大事に備えました。

97b70868.jpg竣工式には、法類寺院、業者、総代を始め、120名ほどの檀信徒にご参列をいただき、無魔執行いたしました。心配された雨風も、午前中はなんとか保ち、途中パラパラと降り出すくらい。テントで供養塔が目隠しされましたが、それもご愛嬌。大勢の檀信徒の皆さまに披露することができました。

まさに、明王の威徳ここにあり!! これも本尊五大明王の威力と、うちの住職の日頃の精進に、心より感謝した一日となりました。(住職は、強力な晴れ男なんです。残念ですが、私のお蔭とはとてもじゃないけど言えません…)


かねて、ブログでもご紹介している永代供養塔。
4908d8ba.jpg4月の竣工に向けて工事が進むなか、規約作りや竣工式のご案内、刻名する檀信徒お名前の確認、記念品選定に送迎バスの手配、チラシの校正と、同時進行でもろもろの準備をしています。


宿題の一つとしてあったのが、供養塔に名前を付けることでした。当初、業者からの図面には、ただ「永代供養塔」とあるのみ。個人的には、解りやすくてよいかと思いましたが「やはり固有の名称がないと愛着がわかない」と、住職の鶴の一声。期限付きで、頭を捻ることになりました。

複数の遺骨を合祀する供養塔ですから、シンプルにいくと「佛塔」「舎利宝塔」になりますね。何かいい言葉はないかと、ご詠歌から「同行」「常住」「大悲」「慈音」など、他にも「鎮魂」「魂響」「慈光」「円環」など候補は浮かんでも、いまいちしっくりこない…。

「○○之塔」にするか、「○○大塔」というほど大きくもないし。いっそ「○○廟」にするか、いややはり「塔」だよな…と、しばらくは毎日のように頭を捻っていました。


da937164.jpg採用したのは、ひらめきで名付けた「久遠(くおん)宝塔」

久遠とは、永く久しいこと、ある事柄がいつまでも続くことを指す仏教の言葉。まぁ、永代と同じような意味ですね。若いころ耳にした“くおん”という響きが気に入って、ずっと頭の隅に残っていたようです。


建立された供養塔の正面に、刻まれた「久遠宝塔」の文字が光っています。その名の通り、常福寺に永く久しく残る宝塔として、後世に受け継がれていくことでしょう。

写真1: 大雪に立つ久遠宝塔
写真2: 久遠宝塔 刻字


今月初め、クレーン付きの大きなトラックと数代の作業車が常福寺境内に入ってきました。

b0588b2f.jpg 件の永代供養塔 に用いる梱包された石材が、手際よくいくつも荷降ろしされます。聞けば、中国で設計図通りに切り出されたものが、海を越えて届けられたそう。
いよいよ本体部分の組み立てが始まります。

今回は、施工業者 川本商店 から、6名の石工さんが出張して組み立てしてくださいました。石材はとても重量があるので、一つ一つの組み立てにも事故のないよう細心の注意を払う必要があります。

ところが、寒さが一番厳しい季節に加え、作業開始より雨降り雪降り、まともなコンディションの日がほとんどありません…。寒風吹きつけるそんな毎日でしたが、石工さん達は手を休めず作業を進めてくださいました。

接してみて感じたことですが、皆さんとても礼儀正しくて、作業を見学するなかもとても気持ちのいい職人さん達ばかりでした。

やはり、ちゃんと仕事の出来る人は挨拶もしっかりしている。

「人と人との繋がりは、まず挨拶から」
そう感じて、日々檀信徒の皆さんにもそう発信している私は、その姿勢にとても感銘しました。一期一会、わずか数日のふれあいでしたが、気持ちのよい人々との交流は人生の喜びでもあります。

e0f27a21.jpg都合5日に渡る作業を終え、石工の皆さんは帰路につかれました。残されたのは、建立され、細部まで美しく磨かれた供養塔。最後まで、まこと丁寧な仕事をしてくださいました。


さて、塔本体はこれでほぼ完成。これから、敷石や結界を施工していきます。
いま日本中で、これまで常識であった亡くなったらお墓に入る、先祖代々の墓を受け継ぎ護ってゆくという習慣が大きく変化しています。

少子過疎化の影響か、未婚・後継者の不在などによる絶家が多くなり、全国的に、先祖代々の墓ではなく、後を祀る者がいなくてもお寺が「永代供養」してくれる合祀墓が普及してきました。

常福寺でも、「永代供養」の必要性は10年来の懸案としてありました。これまで絶家などの理由で永代供養をお願いされた数は、十数件に及んでいます。


そしてこの度、機運が熟して、常福寺境内に永代供養塔(納骨墓)を建立する運びになりました。これによって、常福寺の檀信徒のみならず近在の皆さまにとって、お墓の後継者がいない方や、生まれ育った郷土で死後安らかに眠りたい方など、多くの皆さまの要望に答えることができます。

bd37c5f3.jpg5日、常福寺総代・責任役員・施工業者が一同に会して、起工式を執り行いました。諸仏地神にご挨拶して、永代供養塔の建立、工事の安全な進行をお願い申し上げました。


これから施工に入り、年を跨ぎ来春には竣工する予定です。工事期間中、大型車両などが境内に入ってくると思います。安全に充分注意して作業いたしますが、ご参拝の皆さまもどうぞお気をつけてお参りになられてください。
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プロフィール
HN:
和光さん
性別:
男性
職業:
副住職
趣味:
読書、息子と遊ぶこと
自己紹介:

真言宗豊山派のお坊さん

大和国は豊山長谷寺の門前町に生を受け、仏縁あって僧侶に。
伊賀国は江寄山常福寺の副住職になりました。

現在檀務と共に、ご詠歌、声明ライブ、豊山仏青、歩き遍路など、色々活動しております。
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