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三重県伊賀市 本尊五大明王の祈願寺 
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この度、私がお世話になった灌頂道場は、東京田端の與楽寺(よらくじ)さま。

伝法灌頂は、総本山長谷寺でも毎年開壇されており、そちらで厳修する選択肢もありましたが、諸般の事情により與楽寺さまとご縁を結んだ次第。


(田端 與楽寺さま 本堂)

当然、多くの方に「どうして長谷寺で受けなかったの?」「そっちの方が近かったのに…」と素朴な疑問を頂きました。

仰るとおりだと思います。長谷寺の門前で生まれて、四度加行も灌頂(受者)も、本山研修生、本山職員と、全て長谷寺でお世話になってきた。
寺坊も近いのに、どうして…?

今回は、備忘録も兼ねて、その理由を纏めてみます。


結論から云うと、與楽寺さまと浅からぬ仏縁が重なったこと。

① そもそも、祖父が若い頃、與楽寺法類の阿遮院さまで修行していたこと。

伝聞のみで、細かい師弟関係まで確認できていませんが、確かに祖父 慈光の「慈」はその法流に属する証になります

② 大学時代、随身(ずいしん:住み込みでお手伝い)していた圓明院さまも、本山研修後に就職した浄光寺さまも、みな與楽寺法類だったこと。

③ 特に、浄光寺の先代 日暮義照 僧正には、
大変 可愛がって頂き、その縁故で、與楽寺の現貫主 荒木正信 台下を始め、教授を勤められた根岸先生、顧問の五十嵐先生など、今日 與楽寺法類の中核を担う、多くの皆さまに面識を得、親しくお声掛け頂けるようになったこと。

④ 長谷寺在職中には、與楽寺の先代 岩脇宏信 台下(当時の本山事務長)にお世話になったこと。

結婚披露宴の際、頂いた主賓挨拶で「中山くんと私は、同じ與楽寺法類」と、その時まで本人が気付いていなかった仏縁をお話しくださいました。

⑤ 本山研修所の先輩、灌頂の壇行事を勤められた加藤達彦さんが「中山が来るなら、俺が担当したい」と言ってくれたこと。

有り難いことに、道場選びは元より、習礼や錬行、その他諸々の相談に親身に乗ってくださいました。

などなど…。
書いていけばきりがありませんが、ノーブランドだと勝手に思い込んでいた中山和光という馬の骨は、本人も気付かぬ間に、與楽寺法類の皆さまの一方ならぬお世話になっていたのです。

20数年前、右も左も分からずに仏門に入った私ですが、お世話になった指導の先生方は、きちんと正しい道筋に導いてくださっていたのだな…と、今更になって改めて感謝しております。


(與楽寺さま玄関口。ここで新弟子と対面しました)


一番の理由は、やはり浄光寺の先代 日暮義照 僧正との約束です。

昨年遷化される前に、伝法灌頂を與楽寺で受けたい旨を相談したら
「そっか、荒木さんに言っておくよ」と嬉しそうに目を細めておられました。

奇しくも、今年の便壇には、浄光寺の弟子筋が3人も並びました。

伝法灌頂を終え、恩師の墓前で 便壇成満のご報告。
故人との約束を、一つ果たすことが適いました。

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プロフィール
HN:
和光さん
性別:
男性
職業:
副住職
趣味:
読書、息子と遊ぶこと
自己紹介:

真言宗豊山派のお坊さん

大和国は豊山長谷寺の門前町に生を受け、仏縁あって僧侶に。
伊賀国は江寄山常福寺の副住職になりました。

現在檀務と共に、ご詠歌、声明ライブ、豊山仏青、歩き遍路など、色々活動しております。
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